フランス文化 ~あるイタリア人王妃の功績~

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フランス文化 ~あるイタリア人王妃の功績~

フランスの素晴らしい文化と言えば、世界三大料理の一つとされる「フランス料理」や、一流ブランドが立ち並ぶ「ファッション」、そして芳しい「香水」などを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。

特に、フランス料理の調理技法やマナーは世界共通の言語となり、『ミシュランガイド』などの評価システムは世界の食の基準を形作っています。

これら「フランス文化」の代名詞とも言える「洗練」と「美意識」は、実はたった一人のイタリア人女性の「嫁入り」から始まったという、驚くべき歴史があります。

彼女こそ、16世紀にフィレンツェのメディチ家から14歳でフランス国王フランソワ1世の第2王子アンリ(後のアンリ2世)に嫁いだ「カトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis)」なのです。

ちなみに、イタリア時代の名前は「カテリーナ・デ・メディチ(Caterina de’ Medici)」ですが、フランス語圏では「カトリーヌ・ド・メディシス」といいます。

当時のヨーロッパ最高峰の王家、フランスのヴァロワ家の妃に選ばれたのは、メディチ家が世界政治を動かすほどの権力(教皇の支援)と財力を持っていたからで、この結婚はフランス王室にとっては、重要な外交策だったのです。

カトリーヌは、「成り上がり」の出自からフランス宮廷で冷遇されながらも、ルネサンス最先端のイタリアから料理人、菓子職人、そして調香師を伴ってフランスへ渡り、食文化をはじめ、宮廷生活のあらゆる側面に革新をもたらし、今日のフランス文化の根幹を成しています。

まず、彼女が連れてきた料理人や菓子職人たちは、フランスの食文化を根底から変えました。

マカロンの原型であるアマレッティやアイスクリーム、シュー生地などの洗練された製菓技術、ソースやハーブを多用した繊細な調理法を導入し、後のフランス料理の高度な発展を導きました。

当時のフランスの食事は、手づかみで大皿の肉を食べるなど、素朴で豪快なものでしたが、 銀食器などの豪華なカトラリー一式を持ち込んだことで、食事専用のナイフとフォークをセットで使うという「テーブルセッティング」の概念をフランス宮廷に導入しました。

さらに、彼女の影響は食に留まらず、調香師によって香水製造の技術がフランスに伝わり、南仏グラース地方などで花々を香水作りに活用する文化が広まり、現在の「香水大国フランス」の基礎を築きました。

また、カトリーヌは、イタリア風の豪華で形式的な「舞踏会」や「祝祭(フェット)」をフランス宮廷で頻繁に開催し、ヴェルサイユ宮廷文化の原型になったとされています。

パラソルやヒールなどの「ファッションアイテム」も、彼女がイタリアからフランスに伝えたものの一つとされています。

そのほか、ルーヴル宮殿の近くに、イタリア・ルネサンス様式を取り入れた「テュイルリー宮殿と庭園」を建設させ(現在は庭園のみ現存)、後のパリの景観に大きな影響を与えました。

その一方で、冷徹な政治家という「暗黒の女王」の顔も持ち合わせましたが、文化的な側面から見れば、彼女は間違いなく「フランス文化の母」でした。

私たちが今日、フランス料理店でナイフとフォークを手に取り、繊細なソースや美しいマカロンを楽しむとき、それは500年前にカトリーヌがフランスに持ち込んだ「ルネサンスの遺産」を味わっているともいえます。

まさに、一人の女性が蒔いた「文化の種」が、フランスという土壌で見事に花開き、そして世界に広まっていった―― この歴史の事実こそ、フランス文化の真髄であり、最大のロマンかもしれませんね。

ぜひ、コメントやプロフィールにありますホームページ「お問い合わせ」から、お気軽にお声がけください。

皆さんは、カトリーヌ王妃の功績の中で、何が一番素晴らしいと思いますか?

[ Room Turn Blue ~ ルームターンブルー ~ ]
臨床心理士 / 公認心理師 / キャリアコンサルタント / CEAP / EAPコンサルタント / CBT Therapist®︎ / CBT Therapist®︎ for Biz / CBT Extra Professional ®︎

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